Blog
ブログ
フィギュアスケーター 坂本花織さん 愛の讃歌
- 副院長ブログ
坂本選手の“最後”の演技の曲は、「愛の讃歌」だそうです。
かつて憧れ、目標としてきた先輩スケーター、鈴木明子選手が、
オリンピックの舞台で象徴的に滑った曲でもあります。
「愛の讃歌」は、しとやかで、内省的で、情感の深いプログラムです。
スピードやダイナミックさを武器にしてきた 坂本花織 選手自身も、
「自分はそういうタイプじゃない」と語っていました。
愛の讃歌系ではない自分が、先輩のように演技したい。
けれど、コピーにはならない。
私はこの、
「坂本花織のままで、愛の讃歌に向き合おうとし、結果を残そうとしている」ところに、
強く惹かれました。もっと言えば、
自分ではないものになろうとせずに、
自分のままで、憧れの世界と向き合っているという姿勢です。
憧れに近づくために自分を作り替える必要はない、ということですよね。
生きていく中で、私たちは必ず
「こうなれたらいいな」「こんな在り方に惹かれる」という世界に出会います。
人だったり、仕事の姿勢だったり、生き方だったりいろいろ。
そのとき取りがちな関わり方は二つあります。
自分を消してそちらに寄せていくか、「向いていない」と決めて距離を取るか。
でも坂本選手が選んだのは、そのどちらでもありませんでした。
自分は愛の讃歌系とは違うタイプと分かったまま、
それでも憧れの愛の讃歌と関係を切らない。
理想を目標にして自分を作り替えるのではなく、
理想から離れず、影響を受けていくという選択です。
音をよく聴き、間を取り、動きを急がない。自分にできる小さな調整を重ねる。
その積み重ねの先で、気づけば坂本選手は「できなかったはずの場所」に立っていた。
そんな感じかなと。
別の誰かのコピーにはならない。けれど、前の自分のままでもない。=成長。
坂本花織選手の「愛の讃歌」は、その確かさを、言葉ではなくオリンピックの最終演技で見せてくれるでしょう。
最後に私の例を晒しておきます。
私は家政婦のミタゾノさんみたいに家事ができたらいいなと思っています。
でもそんなタイプではありません。
それで、パンだけは美味しいものを作るよう縁を切らずに続けることにしました。